名誉革命とイングランド
名誉革命
 当時のイギリス王、ジェームズ2世はカトリック教徒。イギリスではカトリックの王が嫌がられ、議会は何とかしてジェームズ2世を廃位させたがった。
 そこで、ジェームズの娘メアリ(2世)と、その夫でジェームズの甥にあたるウィリアム(3世)をオランダから呼び寄せた。
 これに怖がったジェームズ2世は戦わずしてフランスへ撤退。戦争なしに王位の交代があったので、名誉革命と呼ばれることになったようです。

 ちなみに、梨型ポットで有名なアン女王はメアリ2世の妹。名誉革命の際は、姉妹揃って父親を見捨ててしまった。
 ジェームズ2世の人柄が、ちょっとだけ覗えるような気がしないでもない。

すごいぞウィリアム3世
 ちなみに、この時期はメアリ2世とウィリアム3世の2人の王が居る時代。
 このウィリアム3世がすごい。
 ウィリアム3世によって「国債」システムが完成。
 この国債システムは、イギリスがこの後インドを支配していく時の戦費を集めるという重要な役割を果たす。
 さらに、「イングランド銀行」を設立。
 お金のあり方を根底から変える変化がこの時代に訪れた。

 また、オランダ総督時代から戦上手だったようで、1672年の第三次英蘭戦争では、チャールズ2世&ルイ14世軍を撃破。
 イギリス王に即位した後も、フランスを抑えることに力を注ぎ、数々のヨーロッパの戦争で勝利。
 「強国・イギリス」の一歩を踏み出す事になる。
この頃の系譜(見にくいですが^^;)

チャールズ1世

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チャールズ2世 ウィレム(オラニェ公)=メアリ ジェームズ2世
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                  ウィリアム3世=メアリ2世  アン