紅茶の歴史


紅茶の歴史
世界の出来事
BC2723頃  中国の神農が初めてお茶を飲んだと言われる

BC180頃  この頃、中国の埋葬品リストに「茶」の文字があった

59年頃  四川省・奴隷との契約分に「茶を買いに行く事」の文
この頃既に茶が商品化されていた様子
カエサルのブリタニア遠征

380年頃 このころ、喫茶の風習が四川省から揚子江沿いに
各地へ広がった
493年 中国・斎の武帝 トルコと絹・茶・陶磁器の貿易開始
520年 インド達磨大師がまぶたを切り落とした場所から茶が生えたとの伝説がある
589年 中国・隋 貴族の間で茶が社交飲料として普及

イスラム教の成立
760年 陸羽鴻漸(733~803)が「茶経」を書く
775年 モンゴルで喫茶の風習が広がる
805/806年 唐から最澄・空海が茶の種子を日本に持ち帰る
815年 唐から帰った僧・都永忠が嵯峨天皇に茶を煎じて奉御
畿内で茶の栽培が始まる。
1066年 ウィリアム征服王即位・現在の英国につながる王朝の始まり
1191年 栄西禅師、宋から茶の種子を持ち帰り、佐賀県神埼郡背振山に蒔いた。石上茶の始まり
鎌倉幕府成立
1207年 明恵上人が栄西禅師から茶の種子をあずかり、京都・栂尾の高山寺に植えた
1211年 栄西禅師「喫茶養生記」三巻を源実朝に献上
1271年 マルコ・ポーロ東方への旅

ペストの流行始まる(1346)
1440年 佐賀県平戸に来航した中国人が嬉野町皿屋谷で陶器を焼き、自家用として持参の茶の種子を蒔く(嬉野茶)

コロンブス
新大陸発見
1517年 大航海時代 中国 明にポルトガルが交易を要求
1525年 中国 明 釜炒り茶に成功
1557年 ポルトガル人、広東省マカオに根拠地を許される
1559年 ラムージオ「中国はいたるところで茶を飲む習慣がある」と紹介 エリザベス女王時代
1592年 ポルトガルのフロイス「日本史」という本の中で茶の湯に関する報告をする
1595年 オランダ船団 インドネシアのジャワ島バンタムに来航
1596年 オランダのリンスホーテン 「航海記」のなかで日本における喫茶の風習を紹介 これは2年後にロンドンで発刊
1600年 イギリス東インド会社設立 関が原の戦い
1602年 オランダ東インド会社設立
1605年 オランダ東インド会社・マカオで買い付けた中国茶を自国へ
1609年 オランダ東インド会社 佐賀県平戸へ商館の設置許可を得る
1610年 オランダ東インド会社 マカオから中国茶・平戸から日本茶を集めて自国へ送る
1612年 イギリス東インド会社 インドの港町シュラットに商館を設置
1615年 イギリス東インド会社 平戸駐在のウィッカムがマカオの同僚に向けて手紙を「最良の茶をひと壺送って欲しい」
1623年 インドネシアのアンボン島でイギリス人・日本人がオランダ商人に殺される事件が勃発
1630年 オランダ・中国陶器や茶を、フランス宮廷・ドイツに売り込む
1640年 オランダ・ハーグの上流階級で喫茶が流行。イギリスの亡命貴族が喫茶を学んだと言われる。

イギリスピューリタン革命(1649)
1650年 オランダ・ニューアムステルダムの入植者に喫茶を紹介
コーヒーハウス英オックスフォードに登場。
1652年 ロンドン初のコーヒーハウス登場
第一次英蘭戦争~砂糖プランテーションの獲得~
1657年 「ギャラウェイ」でイギリス最初のお茶の告知が出る
1658年 イギリス最初のお茶の広告が出る
クロムウェルが死去
1659年 イギリスで初めて「ボヘア」茶の販売が開始された
1660年 共和制の崩壊。チャールズ2世が即位
茶とチョコレートに液量税がかけられる

この頃、東インド会社の海軍省書記・サミュエル・ピープスが仕事の合間にお茶を飲んでいたという記録がある
1662年 ポルトガルからキャサリン・オブ・ブラガンサが嫁いで来る
1665年 第二次英蘭戦争 ニューアムステルダムの獲得
1666年 アーリントン卿・オーソリー卿がオランダ貴族に流行の茶会をイギリスでPR。「オランダ富裕階級の自宅に茶室があった」
1669年 イギリス オランダから直接の茶の輸入を禁止

グリニッジ天文台設立(1675)
1679年 イギリス東インド会社で初のティーオークション
1680年 オランダから帰ってきた貴族がオランダ喫茶法をイギリスに伝える。既に砂糖とミルクが入っていた様子。
1688年 名誉革命 オランダの王の上陸
1689年 イギリス 中国のアモイと直接交易を開始
この頃シノワズリの最盛期
1700年 イギリス 食料品店で茶を扱うようになる
1702年 アン女王即位
1706年 トーマス・トワイニング「トムのコーヒーハウス」開業
1709年 ドイツ マイセンで陶磁器の生産に成功
1717年 トーマス・トワイニング「ゴールデンライオン」開業
1721年 イギリス東インド会社が茶の輸入を独占(~1883年)
茶税が200%になる。
イギリス式淹茶法が上流階級に定着。
1723年 イギリス 茶の輸入税が20%引き下げ。
茶の輸入がコーヒーを上回る
1725年 「不正茶取締法」成立
変造、混ぜ物、染色をした紅茶を販売したら罰金100ポンド
1730年 イギリスで、医師などによる「お茶論争」白熱
この頃、ジンの害が深刻化
1732年 ティ・ガーデンズ(喫茶園)大流行
戸外でのお茶とパンが女性に人気に。
1750年 この頃、茶碗に持ち手が付いた様子
1759年 ジョサイア・ウェッジウッド陶磁器工場設立
1760年 イギリス東インド会社 茶が全輸入の40%を占め、輸入トップ商品になる。
1763年 パリ講和条約 大英帝国の完成
1765年 ウェッジウッドが日常食器として「クリームウェアー」を開発
シャーロット王妃の御用達になる。
砂糖が安く大量に供給される砂糖革命が起こる
1767年 北米植民地に輸入税を付加。イギリス商品ボイコット運動
「不正茶」を作ったものに禁固刑を課す
1773年 ボストン茶会事件
1775年 アメリカ独立戦争
1780年 インド カルカッタの植物園に、中国から持ち込んだ茶の種子を蒔く。
1784年 茶の輸入税引き下げ
リチャード・トワイニング「茶・窓税法と茶の取引についての所見」発表
密輸茶が止まる
1785年 アメリカ 中国から直接茶の買い付けに成功
1791年 日本人が初めて公式の場で紅茶を飲む 紅茶の日参照
1793年 イギリス 茶貿易の拡大を中国に迫るが、無下に断られる
~アヘンの輸出~
1796年 トーマス・ミントン(英)リバプールに開窯
1800年 ウェッジウッド「ボーンチャイナ」の開発に成功
1807年 奴隷貿易の禁止
1823年 アッサム茶発見
1825年 ブルース、お茶の見本を東インド会社に送付するが、茶樹を知らなかった担当博士に放置される
オランダ人、Fシーボルトの斡旋でジャワ島に日本茶の趣旨を蒔く
1827年 イギリス人のオードリーが茶の中から茶素(テイン)を発見
1819年にドイツで発見されていたカフェインと同一だと認定される
1833年 禁酒ティーパーティーが開催される
イギリス東インド会社による中国貿易独占権を廃止
1839年 1月アッサムティー8箱(約160kg)が初めてロンドンのオークションにかけられる。
価格はご祝儀相場でかなり高騰した。
1840年 アヘン戦争
イギリスでアフタヌーンティーの習慣が始まる。
1847年 ドイツのロチェルダー、茶の中に「タンニン」を発見
1849年 イギリスの航海条例が解除され、高速のアメリカ船との競争が起こる。
クリッパーレースのスタート
1850年 アメリカ船「オリエンタル号」が1500トンの新茶を積み込んでロンドンに入港
ティーレースに懸賞金がかけられるようになる。

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