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長い事輸入を続けていたお茶ですが、ヨーロッパの人が目にしていたのは、完成品の茶だけで、実は茶の木も種子も、製法さえも知らなかったと言われています。 そこで、東インド会社のウォレン・ヘイスチングが、インドでの栽培に着手しようと試み、バンクス卿という人が彼の期待にこたえる形で提言をした。
なんでも、「東インド会社の船舶には広東の住民が臨時の船員として雇われているので、彼等をそそのかして茶樹と栽培道具一式を持ち出させて、彼らもろともカルカッタの植物園へ連れてきて栽培に当たらせたらどうか」と提言したそうだ。
はたして、この広東人たちがどうなったのか・・・良い待遇された事をそっと祈ります。 |