キャサリン・オブ・ブラガンサ
The First Tea Drinking Queen
 「陽気な王様」の異名をとるチャールズ2世は、とにかく遊び好きでたくさんの女性を抱えていたご様子。
 キャサリンがポルトガルから嫁いで来た時、1週間も放っておかれたそうです。
 日本と交易があったポルトガルでは、イギリスよりも喫茶文化が進んでいたと考えられます。キャサリンは嫁入り道具として、茶葉と中国茶器を持ち込み、また、船を安定させるおもりとして砂糖を積んできたと言われています。
(イギリスは銀を要求したのですが、どうやら足りなかったらしい)

 キャサリンは英語が話せなかったらしく、かなり寂しい結婚生活を過ごす事となり、結果お茶の趣味を加速させていったという話があります。
 想像ですが、友達を作るために、たくさんの人に美味しい砂糖入りのお茶を皆にふるまったのではないでしょうか。 

「飲み物」としての紅茶へ
 キャサリン王妃以前の紅茶は、「薬」としての位置づけでした。
 ですが、キャサリン王妃が、交流手段としてのお茶・喫茶の風習を持ち込み、上流階級に習うようにしてイギリス貴族に喫茶の風習が始まったと言われています。
 ここで、薬ではなく、飲み物として、交流の手段として、また、文化としてのお茶が確立されていくことになります。