ボストン茶会事件
数々の課税
 植民地支配をかけたフランスとの戦いで国債を発行し資金を集めたイギリス。
 でも、国債は借金なので返さないといけません。
 そこで、しわ寄せが来たのが植民地に居る人々。
 特に、イギリス国民が移住した北米大陸は、イギリス本国の人が「従属地域」として見ていたのに対し、北米に住んでいる人たちは「対等」と見ていて、数々の課税に対して不満を募らせていきます。
 ボストン茶会事件が起こるまでにアメリカに対して課せられた税金は、輸入税・関税・消費税はもちろんのこと、砂糖税・印紙税など、ありとあらゆるものにでした。
 しかも、これらの決定を、アメリカの代表なしに、イギリス議会だけで勝手に決定してしまったとのこと。

 これに対してアメリカの住民達はイギリス商品のボイコット運動などをして抵抗。
 イギリス議会は過度な課税を取りやめるのですが、茶税だけは残ってしまいます。
 そのためアメリカ住民はオランダ東インド会社から紅茶を買うようになり、イギリス東インド会社の紅茶在庫は余ってしまいます。
 これを救済するため、イギリス議会はイギリス東インド会社以外からの茶取引を禁止する「茶法」を制定。
 これが大反発を生み、イギリス東インド会社の紅茶在庫は海に投げ入れられる事に…。

ボストン茶会事件
 このボストン茶会事件には、色々な逸話が残されています。
 襲撃した人たちは、ネイティブアメリカンの格好を真似ていた、とか、海が紅茶色になった、とか・・・
 海が紅茶色に染まる!?と疑問に思ったのですが、ボストン港は浅瀬とのこと。
 さらに、このとき海に投げ込まれた茶の量は1万ポンドにもなるそうで、他の説としては「朝見たら茶が堤防のようになっていた」とも言われている。
 また、よく「茶会は誤訳」という説が登場しますが、イギリスに対する暴動の一環であり、炎上的な意味合いがあるため
皮肉を込めて「お茶会が開かれた」と言えると思われます。

この件に関するブログはこちら 「ボストン茶会事件」は誤訳なのか?~リプトンイベントに行ってきた~